新聞の報道について

本日、私に取材をしていないのにも関わらず私の内容に関する記事が紙面に載りました。


担当記者は、先日取材をしたいとの依頼がきましたが、仕事の関係で取材の時間を取る事が出来ないので6月に入ったらまとまった時間を作るのでそれまで待ってもらいたいと返事をしました。


その際に、私の記事を紙面に載せるという事の相談や連絡もなく、新聞記事に載ってしまった訳です。


それが発覚したのは、自宅に出入りしている電気工事屋さんが、新聞に載っていたけれどもあの内容は誤解を招くないようだから注意した方が良いと言われました。電気工事屋さんと言っても、地元の仲間ですので、私の実情をよく知っています。その後、別の人からも新聞を見たのだが・・・という連絡がありました。

私は、取材を受けていないのに新聞記事になっている事について、強く抗議を行い、本日の夜、新聞社の担当記者と責任ある立場の人達がやってきて、平謝りされました。


記事の内容は真実とは少し異なるもので文章力と表現に誤解を招くものであり、それに対しての信用を回復させる為の処置を依頼しました。


後日、謝罪文を載せる事で今日は帰ってもらいました。


私が築きあげてきた信用を、全く知らない新聞記者に信用を落としかねない記事を掲載され、強く憤慨したのは言うまでもありません。今では公の立場から一個人に立場が変わりましたので尚更であります。

新聞社やテレビ局の取材の依頼などが来ましたが、それに振り回されるのが嫌なので全ての取材を断ってきた経緯があります。

自分の事が新聞に載ったりテレビで報道されたりする事は例え中身が良いものでも、それぞれの主観が入ってしまうので、真実から少し離れて伝えられている事実があります。
新聞社はそれが正義だと思っていたようですが、以前担当していた記者が大変信頼出来る人でありましたので、今回の件は尚更であります。


非常に残念な出来事でしたが、新聞社の筋の通し方と誠意を見てゆきたいと思います。

地方行政と公務員にノルマを課す

地方行政では担当部署によって仕事の量が大きく異なります。

民間企業と違い、予算があってそれを消化するのが地方行政の仕事です。
中には勘違いをして、その仕事以外の仕事を行う意欲がない人も多くいるのが実情です。

完全な縦割りの仕組みの為に、隣の部署の仕事を全く把握していないのも特徴です。

人に対しては横の繋がりはありますが、仕事に対しては横の繋がりは皆無に近いのでしょうか。

その為、同じような仕事を重複して行っているところもあると思います。


さて、地方行政にノルマを課すという事ですが、与えられた予算以外に当該行政の歳入を上げる為のノルマを課しても良いと思います。

税収を上げる為の企業誘致、消費を促すための様々な政策、結果的にお金を回す為に必要な様々な事を行う事が不可欠です。


民間企業と違い、受身の仕事を長年行っていると、余計な仕事を増やさないようにする所属長が多く見受けられます。そのような業務怠慢な部署は、査定を行い大幅な給与の減収を行ってもよいと思います。

ノルマを課せる部署全てです。全てにおいて住民へのサービス向上を含めた第三者による評価を得て、給与の増加分を決めるものです。


いずれにせよ、地方行政を取り仕切る人は、民間企業に比べるとかなり生ぬるい環境で仕事をしています。労働組合等も公務員法では本来は違法であり、専従の組合員がいること自体がおかしな事です。

全ては税金で給与を賄われていることを忘れてはなりません。


次に、教員についてです。

国歌斉唱をしない教員がいるとの事ですが、その教員は教員としての資質が悪く教員としてふさわしくないので、解雇するのが当然であります。一般企業でその企業の社歌や社是を唱える企業は多くあると思います。その際に、自分がやりたくないからやらないという事はまかり通りません。

生徒が少なくなってから多くの問題が出てきています。これらは教員の資質を問われるものが多くあり、サラリーマン教員が増えているのも事実です。
教員が人としての資質を確保する事が急務であります。

公務員として教員が一番多いと思いますので、これらをしっかりと指導し、悪い考えや思想を取り込まないようにする必要があります。

先生は偉いものと子供の頃に教わってきましたが、今の教員は親に馬鹿にされるような教員が増えています。親を叱る位の教員でないと教員は務まらないと思います。御用聞きのサラリーマン教員は必要ありません。


人の道を教えるのが教員であります。
学校は勉強だけ教えるのではありません。

そこを今一度考えなくてはなりません。


公務員の中でも、懸命に働く人も多くいます。その人達の足を引っ張るような事だけはやめてもらいたいものです。

業種の偏り

現在、経済的に不景気と呼ばれています。
しかしながら、景気の影響をあまり受けない業種も多くある事に国民は気がついていません。


日本の大企業はグローバル化を掲げ、海外進出を加速した時期がありました。
しかし、その弊害として為替変動による損失を大きく受ける事となります。
最近続いている極端な円高が招く企業収支の悪化は、それを裏付けているものではないでしょうか。


業種の偏りとはなんなのでしょうか。

かつての日本は第一次産業(農林業・漁業)を生業としている人が多くおり、労働人口も多く占めていました。
しかし、国の施策により特に林業は輸入材に頼るようになり、牛肉オレンジの輸入自由化などはそれに関わる産業に大きなダメージを与えました。

この頃から、日本の農業は衰退して行きます。
農業機械の産業と農協に利益が落ちるような誤った国の農業政策は今でも続いています。
助成や補助金の制度を作る際にこれらの縛りをいったんなくす必要があります。


これらの理由から農業従事者の収入が激減し、農村から働き手が都市部に流出してしまっています。今でもこの現象は続いています。
都市部ではサービス業が飽和状態になってきました。
乱立するレストラン産業。大きなスーパー等、地域の産業を崩壊してしまう事も多く見受けられます。

自動車を運転出来る人はそれでもよいのですが、いずれ人は高齢化により自動車の運転も出来なくなり、体力的な問題から自宅の周辺からあまり動く事が出来なくなります。

営業やサービス業を生業とする人が増えてきたのですが、会社が出来ては倒産しをそれを繰り返していますが、最近では倒産件数の方が多いと思います。


高齢化を迎える第一次産業の跡継ぎは多くいません。
今、従事している人達の子供や孫は跡を継ぐことなく、便利な都市部で働いています。

跡継ぎ問題も深刻な問題です。


業種の偏りを少しずつ修正する時がきました。

それには若い人達の力が必要です。

他の地域で経験してきた事がそれらの産業で生きて来ると思います。


日本をあるべき姿に戻すには、この作業は不可欠ですので国が主導となって動く必要があります。

地域の礎

明日で、東日本大震災が発生し、大津波が東北地方沿岸を覆った天災地変から1年が経過します。

被災地では少しずつではありますが、地域の再生が進んでいます。


国が主導する復興は、様々な利権と業者の利益が絡みなかなか進んでいません。
そのような政党を選んだのは国民ですので、これは国民全体に責任があると思います。

特に福島県、宮城県、岩手県は民主党が第一党であるという事を、該当する県に在住している県民は憶えておくとよいと思います。


さて、壊滅的な被害を受けた地域を再生させるには、新しい法律の制定や今の時代に沿ったものが求められます。

昔、その土地が栄えるにはその土地を守護される神様を御祭祀する(神社や稲荷様の社を建てる)を行ってきました。その神様のお役目によって、その地域の土地の災いと呼ばれるもの等を沈めて頂くとともに、その地域にあった産業が展するようにしたものです。
これは、その地域で津波によって亡くなられてしまった仏さんを成仏させるにも必要な事だと思います。


地域が衰退している場所は、日本全国に存在します。
大体、そこの地域を守護されている氏神様などを軽視して、祭事等を行わなくなったり、その土地を粗末にしている事例が多いのではないでしょうか。特に農薬などで土地を汚してしまった場所は、その土地を回復させるのに一端放棄地などにして、土地を回復させる必要があります。

放棄地は、見た目が放棄地になっているだけであって、土地を浄化させるのには必要な事です。
草などが枯れている冬に土を掘り返えす事で土の中に酸素が入り、土が少しずつ甦ってきます。
元の通りの田畑にするのには、根気強い作業が必要となりますが、土の状況に応じて栽培する作物を変えて行くのも一つの手段だと思います。


さて、過疎地域再生を本格的に始める事になりました。
現在、準備をしており里山を戻すところから始めます。


地域の礎は築くには、古くからその地域が何の産業をもって栄えていたのかを、江戸時代位まで遡る必要があります。
殆どの地域は農業で、沿岸部は漁業というのが多いのではないでしょうか。



今、産業構造が少しずつ変化をしていますので、それに応じた動きを取る事が必要です。






この国に生まれてよかった

比較的最近の歌謡曲ですが、
題名と歌詞が素晴らしいので取り上げてみました。


この国に生まれてよかった
作詞・作曲/村下孝蔵

 春夏秋冬 繰り返す 季節を着替えながら

 花に埋もれ 月を待ち 鳥を追いかけ

 睦月 如月 弥生 卯月 朝から夕べへと

 雪と舞い遊び 雨に濡れ 雲をだどり
 


 この国に生まれてよかった

 美しい風の国に

 ただ一つの故郷で君と生きよう



 湯の町 門前の境内 城跡 漁り火よ

 石清水に触れ 石畳 川を眺め

 この国に生まれてよかった

 美しい風の国で

 地平線の緑色 見つめていこう

 この国に生まれてよかった

 美しい風の国に

 ただ一つの故郷を二人で歩こう



 紅葉の山並み 青い空 白いうなじに映る

 遠い夢ならば この国で叶うように

 遠い夢ならば この国で叶うように


この曲を歌っていた村下孝蔵さんは病気で既にお亡くなりになられています。
しかし、村下さんが残したこの曲は、言霊となって今でも存在し続けます。

歌詞の中には日本語の素晴らしい表現や四季、風景などが描写されています。



里山に移住して来て、さらに「この国に生まれてよかった」と思えるようになりました。

森林再生

先日、3億円をかけた木材を使用した建築物の火災実験が行われました。
過去、最大規模の火災実験ということです。

この実験の背景には、国産材の利用促進があります。

現在、法律によって公共建築物の木材利用が禁止されており、これらを改正させる為の判断材料となるようです。


戦後、天然木を伐採しその後全国的に杉などの植林が行われました。
植林した杉などがちょうど利用しやすい伐採する時期になっています。

最近、私の住んでいる地域で少しずつ植林された杉の伐採が行われています。
昨年度に比べると増えていると森林関係者より話を聞きました。



あと5年もすればいっせいに杉の木を伐採しなくはならず、これを過ぎてしまうと利用しやすい大きさよりも大きくなってしまい、伐採や運搬にかかる費用も高くなってしまい、木材自体の価値も下がってきます。

現在の林業の仕組みでは、国策として植林した木材を有効利用できないので、仕組や制度を変えなくてはなりません。

その為の今回の火災実験は大変有意義なものでありました。


現在の林業従事者は高齢化を向かえ、技術の伝承や後継者の不足が深刻な問題となっています。


国土を守るという点からも、森林の再生に国が関り次の世代へ向けての方向性を示さなくてはなりません。

今、やっと重い腰を上げたばかりですので、これからの改革に期待したところです。

始末をつける

物事の終わりには始末をつける事が重要です。

一般的に始末という言葉は結果的に悪い事になってしまった場合に使う事が多いようです。


始末をつける事で、円滑な物事の終了を迎える事が出来ます。
しっかりと終える事で、次の始まりがしっかりとします。

企業の決算も始末の一つでは無いでしょうか。
期を整理し金銭の動きを把握し収支もわかります。
株主総会などは、年度末の始末の付け方の代表的な例ではないでしょうか。


始末の仕方を間違えると、道義を外したり悪い結果になる事があります。
企業でいうと粉飾決済が例にあたるのでしょうか。
犯罪に当たりますので社会的な制裁が必要となります。

さて、公(公金)を利用した助成金や補助金等もしっかりとした収支報告が必要です。
これは始末をしっかりしないと、これらのお金を返金しなくてはならないケースがあります。


人に物事を依頼したり依頼されたりという事も、最後には始末をしっかりとしなくてはなりません。
始末を怠った事が原因で人間関係がこじれてしまった事例は多く見受けられます。


一人の人間の責任として始末をしっかりとつける事が出来る人にならないと、社会的な信用と信頼を得る事が出来ません。
始末をつける事ができて初めて人付き合いが出来るものだと思います。