春のお彼岸

今年も春のお彼岸がきます。

春のお彼岸は3月15日前後の7日間と伝えられています。

我が家で面倒をみる事が出来るご先祖様のお墓は観光地の境名にあり、ただでさえ混雑しているのですが春に入ると観光客が一気に増えてしまいます。
その為、いつも3月に入って1週目くらいを目どにお彼岸の墓参りを済ませます。

春、秋のお彼岸、お盆と毎度お墓参りの記事を書いていいますが、それだけお墓参りは日本古来からの重要な行事の1つであります。

私は、今そのお墓に入っている祖母がお彼岸になるとお墓参りに来ていたので、一緒に連れて行ってもらったものです。祖母とは離れて暮らしていたので、優しい祖母に会うことと、おもちゃを買ってもらえるのを楽しみにしていました。

幼き頃より行っていた習慣は、今になっても途絶える事なく続けています。

日本人は、神仏を尊び、特に先祖崇拝をして発展して来ました。
先祖を大切にしている「家」は、滅びる事なく末永く繁栄しています。

以前、先祖を調べている時に遠い親戚の家にたどり着きました。祖父母の父というとわかりやすいかと思います。
その血の繋がった遠い親戚は、遠方から来た私達を歓迎して頂き、おじいさんが色々とお話をして頂けました。
そこの家訓が、「先祖を代々を尊び、先祖の名前を言えるようにしておく」というものでした。
当時、まだ20代半ばの後継ぎは、後日私達に手描きの家系図を送って頂き、先祖を辿って行くのに役立った事はいうまでもありません。

そこの家は、地元でも中堅クラスのゼネコンとして繁栄していました。

これは、我が家の一例に過ぎませんが、先祖を調べて行く過程の中で、遠い親戚にあたる人達との以外な出会いや真実、一族の歴史、不幸、先祖の人生など、様々な事を学ぶ事が出来ました。

こうして五体満足で生活して行けるのも、神様とご先祖様のお陰と思っております。

先祖を通じて学ぶ事は多くあると思います。
家訓であったり、家紋であったり、しきたりであったり、伝統であったり、その家々それぞれにある事でしょう。

しかし、戦後の歴史の中で先祖崇拝を否定する教育を受けてきた世代があるのも事実です。
その世代がこれから苦しみを受けるのは、先祖を否定し現実のみを生きてきた環境があるのかもしれません。
それは当時、生きて行く上で仕方のないことかもしれませんが、もし自分が亡くなった後、仏壇の御水をお取替えもせず、お墓参りもせず、年忌供養や回忌供養をしてもららなくなってしまったら、先祖としてこんなに切ない事はないと思います。

日本が再生するには、このような日本人の精神というか心というものを持ち続ける事が必要だと思います。

お花見の前にお彼岸の先祖供養が先(咲き)だと思います。

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