衣料品の使い捨てと、衣料品業界の産業構造の変革について

1.近年の衣料品の使い捨てと衣料品の再資源化について

ここ数年、安い衣料品が増えており使い捨てのものが増えております。
また、価格が大変安く比較的丈夫に作られているのも特徴があります。
多くの人々は、お気に入りの色を揃えたり、多めに購入したりする人が増えているようです。
それらの企業の売上は上昇傾向にあり、世界的に大きな販売目標を掲げております。

人がおしゃれになり、便利になる事はよい事と思いますが行き過ぎも困るものです。
ちなみに私は身体が大きくそのような店には着る事の出来る衣服のサイズが少ないのであまり購入はしておりません。数年前に購入した物も長持ちするので現在も普通に着ております。

このような流れの中、各家庭から改修された衣料品や売れ残って処分される衣料品が増えてきているようです。それらの改修された衣料品は何処へ行くのでしょうか。

現在、アジア諸国やアフリカ諸国へ行く事が多いようで、これらの地域で新たな古着として再利用されたりしているようです。

ここで、経済的な事を少し踏まえておかなくてはなりません。
これらの大量製造している衣服の殆どがアジア諸国等の人件費が安い地域で製造されており、その地域の人件費を落とす役目を果たしております。
それらの地域に社会貢献が出来るのは良いことですが、一方、安い衣料品に押された本来質が高く比較的量産をしていた国内企業は事業の縮小を行い、日本の地域経済に大きな打撃を受けております。

果たして本当にこれでよいのでしょうか?
日本人が国内の産業を追いやるきっかけを結果的に作ってしまっております。

本当のデフレスパイラルに突入しようとしております。


さて、話は戻ります。

衣服分野での再利用や再資源化は大変遅れております。

先日、ベンチャー企業による綿繊維からバイオエタノールを製造するに成功したとテレビ番組で放映されておりました。
様々なものからエタノールを製造する事が可能なようですが、ホリエステルと呼ばれている化学繊維から出来た衣料品の再利用も検討しなくてはならないと思います。現在の衣料品に多くのポリエステルが用いられております。

何かしらの形に変えた再資源として用いる事が出来るようになれば、新しい産業がまた増え、国内の経済を少しでも活気付ける事ができます。

自宅のタンスや押入れに眠っているもう使っていないものも、形を変えて資源にする事が必要な時代がやってきます。
このような新しい産業分野には積極的に国費を投入しても良いと考えます。

2.衣料品業界の産業構造の変革について

昭和の高度経済成長期前までは、日本国内で養蚕が多く行われており、多くの絹製品が製造されておりました。物質的には昔の方が良いものを日常的に使っていた事がわかります。
高度経済成長期以降、これらの安い衣料品の押され需要が少なくなり、養蚕も激減しております。過去に行われていた産業を今一度見直す必要があるのではないでしょうか。

何故養蚕かというと、養蚕は科学的で文化的なものだからです。
・絹の糸を造るのには蚕を飼う必要があります。
・蚕を飼うには蚕のえさが必要になります。
・蚕のえさは桑の葉であり、大きさによって桑の葉の堅さをかえる必要があります。
・桑の葉は比較的多くの量が必要になります。

・日本人は蚕の事を「お蚕さん」と呼んでおり、蚕は大変尊い生き物であります。
・日本の神話にも登場してきます。

・自然の力をお借りして、日本人が行っていた自然と共に共存する生活が可能となります。
・また、桑畑を作る事で山や畑を手入れする事が可能となります。
・山・畑・蚕などを尊ぶ気持ちが生まれ、敬神の心を有すきっかけにもなります。
・現在の埼玉県の面積ほどある休耕田や休耕畑の有効利用につながります。

・この絹から出来る製品は、「Japanese KIMONO」 として世界的に優れた衣服として認められており、着物や浴衣などを海外に輸出する事が可能となります。
・これらの日本の衣服を世界に発信する必要があります。
・質の高く、デザイン的にも優雅できれいなこれらの製品は海外でも人気があり、新しい市場を形成する事が可能となります。
・世界に配信する事で日本でも、着物や浴衣を普通に着る習慣がいづれ戻ってくる事でしょう。

天皇家では古くから皇后様が蚕に桑の葉を与えている事が知られておりますが、天皇家で実施されている行事というのは日本人にとって必要不可欠であり、日本文化の原点でもあります。

これらを踏まえても衣料品の産業構造を変革する必要があります。

現在、和服・着物・浴衣等は比較的高価な商品となっております。
実際は、需要がなくなり庶民的なものが少なくなり、文化人が身につけるような高価なものしか残らなくなってしまったのが現状ではないのでしょうか。

手ぬぐいなどは、大変高い技術を取り入れてもお求め安い価格となっております。
これらの生地を生かして、肌触りも良く、長持ちして、お求め安い価格となり、衣料品業界一団となって取組んで行けば、きっとよい形になると思います。

昔の物造りを見ていると、自然と共存した先人の知恵と工夫が感じられます。それらは職人的な技により商品として美しく長持ちし、再利用もでき自然に優しく文化的であります。

産業構造を見直すことで本当のリサイクル(再利用)とは何かを考える実行する時がきたのではないでしょうか。
絹からもバイオエタノールなどの燃料にする事が可能となれば、衣料品として寿命を終えても、その後の雑巾として寿命を終えても、端切れやぼろきれとして寿命を終えても、最後は燃料となり究極のリサイクルが誕生する事になります。

お蚕さんと桑の葉でこれだけの事が可能となる訳です。

これからの日本の100年後以降を考えた時に、現在の情勢を踏まえ江戸時代まで遡り自然と共存する文化的な生活をする事が必要となるからです。

かつては桑畑と養蚕は一緒でありましたが、分業化する事である程度の生産量を確保する事が可能になると考えます。
そこに新たな雇用が生まれ、技術の継承も引き継がれます。

衣食住の産業は、人が営む上で必要な産業でありますので、これからはこの分野を中心に日本を立て直して行く必要があります。

現在の重工業や市場経済中心の産業構造から、こられの産業構造へ少しずつ変革する時が来ました。

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この記事へのコメント

通りすがり
2009年11月18日 21:23
何故、江戸時代に遡らなければならないのですか?

これだけ、便利な世の中になったのに。
2009年11月19日 12:24
現在の生活スタイルは江戸時代の延長上にあります。特に言葉や生活習慣等です。江戸時代の文化と現在の生活習慣を取り入れた上で、創意工夫の元に進化した生活が必要となって来るからです。
近いうちに様々なものを再資源化する産業が生まれることでしょう。
通りすがり
2009年11月19日 20:57
江戸時代の延長上あるという意味がわかりません。
ちょんまげもいてないし、刀も持っていません。江戸時代に電気や水道はあったのか、何で延長上なのかわかりません。
2009年11月20日 13:17
当時は電気や水道はありません。
しかし、現在日本人が営んでいる日常生活習慣の原点(発祥)は江戸時代に集中しています。 江戸時代と同じ生活をするのではなく、江戸時代まで振り返り、現在の最新技術を用いつつ江戸時代から続く知恵と文化を組合せる事が現在の日本に必要なのです。
現在は大量製造大量消費社会となっています。それは便利なのですが、物を無駄にしています。
江戸時代は、一つのものが寿命になるまで使うほど物を大切にしておりました。使わなくなった服は仕立て直し新しい衣服にしたり、物を長く使う為の様々な商売もあり、中には割れた茶碗を直す商売もありました。

刀やちょんまげは必要ありませんが、江戸時代の人達のような物を大切にし長く使う。使えなくなっても別のものに再利用するなどの習慣がこれから必要な時代になってきます。
そういう意味で江戸時代の延長上という表現を用いました。
一度、江戸時代の生活様式や生活習慣、文化をお調べになるとこの事の意味がわかるかと思います。
通りすがり
2009年11月20日 22:36
ご丁寧有難う御座いました。

なるほど!物を大切にするという意味で江戸時代から振り返るという考えはありませんでした。

そういえばあるすし職人が言ってました。江戸前は江戸湾でとれた魚をその日のうちに出し、それが無理だったら漬にして出す。そして、銭湯の帰りなどにちょっとつまんで帰るからすしを食べるとは言わずにつまむと言っておりました。

江戸時代、すしは庶民的な食べ物でいつからか高級な料理になってしまっとも言ってました。

物を大切にする。大事です。

有難う御座いました。
2009年11月21日 01:22
物を大切にするとうのは日本人本来の心であります。その心を表現し伝えて行く事の難しさを学ばさせて頂きました。
今後、説明根拠や文体、表現方法を吟味し文章に生かして行きたいと思います。
有難う御座います。

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