「対馬丸」

昭和19年8月22日 乗船者 船員1,788名が乗船していた疎開船「対馬丸」が米潜水艦ボーフィン号から発射された魚雷によって沈没させられました。

1,788名のうち犠牲者は1,418名(遺族からの申告による)にも上り生還者は約280名と言われています。

先日、出張で沖縄に行きましたが那覇市内の視察で最後に立ち寄ったのが「対馬丸記念館」です。
昭和25年ごろ、ようやく「学童疎開船の悲劇」として世間に知られるようになりました。

沖縄の平和を学ぶ施設として平和祈念公園やひめゆりの塔がありますが、終戦より61年目にオープンした新しい施設です。救助された生存者には箝口令が引かれこの事を話す事は堅く禁じられておりました。
戦後5年ほど経過し、昭和25年にようやく遺族会が発足し、平成10年12月12日沈没した「対馬丸」が悪石島付近の深海にて発見されました。
遺族会側が船舶の引き上げを断念する代わりに、那覇市内に「対馬丸記念館」の建設が決まり現在に至っております。

後にも先にもこれだけ多くの人々が海に散っていった悲劇はないと思います。
戦争の悲惨さを今の人達に、もう一度思い出させる必要があるのだと思います。

沖縄へ旅行で行かれる際には、リゾートでバカンスも良いと思いますが、このような施設へ足を運ぶのも人生の勉強になるかと思います。

対馬丸記念館HP
http://www.tsushimamaru.or.jp/index.html

興味のある人は一度除いて見て下さい。

さて、最近米国のメディアが従軍慰安婦について日本の非難をしておりますが、この「対馬丸」に魚雷を発射したのは米国籍の潜水艦です。
正義の味方の振りをするのは結構ですが、自分達の国が過去に犯した戦争の過ちを十分に勉強してからこの話をしてもらいたいものです。

過去の戦争を繰り返さない為に……

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