「明文化」

日本には文面になっていない、古くから伝えられている物がたくさん有ります。
「神社神道」「躾」「道徳」「道義」など、これは日本人として当たり前の事として事でしたの文面にする必要がなかったと言われています。

海が突然二つに割れて道が出来る事で有名な「モーゼの十戒」は、「盗みをするな等」当たり前の事が出来ないが上に戒めとして明文化されているのだと思います。

明文化している物が素晴らしいものとは限りません。一番大きな宗教と呼ばれているキリスト教では「旧約聖書」「新約聖書」があり、その内容は全く異なったものであります。
特に「新約聖書」では色々な戒めがかかれており、当時の人々がこの聖書がないと、道徳教育をする事が出来なかったと言われています。
現在でもそれは同じ事で、違う宗教の対立から宗教戦争が世界各国で起きているのが現状でしょう。

何度も言いますが、日本の文化「道義道徳」は宗教を通り越し全人類に通用する人としての文化である事を認識しなければなりません。

さて、この文面になっていない「日本の文化」ですが、最近になりかなりの速さで失われつつあります。
最近新聞の紙面を賑わせております、親兄弟を殺害したり、いじめの問題が起きたり、自殺をしたりと、道義道徳が出来ていればこのような事は避ける事が出来たと思います。

このような荒れた世の中ですので、昨今、明治時代以前の江戸の文化が見直されてきております。
これは、人心が荒んできている人々が求めている物は何かを表す良い基準になると思います。

今一度、日本の文化、特に文面化されていない物を見直す時が来ているのではないでしょうか。

また、時間のある時にこの続きを書きたいと思います。

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