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<<   作成日時 : 2014/03/16 06:02   >>

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今年は2月に先祖供養があり先祖の一人が100回忌を迎え無事に先祖供養を終える事が出来ました。
100回忌を迎え、この先祖供養は一区切りとなります。

もう一人の先祖は97回忌で、遠い親戚と一緒に供養をしています。
こちらの先祖も数年後には100回忌供養となり一区切りとなります。

古い先祖の供養をしていると、お寺のお坊さん達はあまり私達に説法を解く事もなく、当たり障りのない世間話をして供養に入る事が多いです。

様々な宗派のお寺でお経を唱えてもらっていますが、お坊さんの話を聞いていると33回忌位から先祖供養をしている人が殆どいなくなるとの事です。

自分を育ててくれた両親の供養はするのですが、その本人も亡くなってしまうとその子供達は子供達のおじいさんとおばあさんの供養をする事は殆どないとの事です。

その境が大体33回忌だそうです。



3月に入り、祖父母の眠る自宅から比較的近いお墓と少し離れた寺墓地に春の彼岸の墓参りに行ってきました。
自宅から近いお墓は例年に比べると今年は冷え込み寒い墓参りで、訪れる人達も少なかったです。

寺墓地では丁度檀家がお坊さんにお経を読んでもらっている最中で、数人の人達が墓参りに来ていました。

墓石に水をあげ、お線香をあげ 「いつも元気にしていますので早く成仏して下さい」と挨拶をしてきます。
時間にして15分位でしょうか。
いろいろと相談をしてしまう人もいるかもしれませんが、私の場合は先祖がこの世に未練を残さずに早く成仏してもらいたいという気持ちがあるので、このような挨拶だけになってしまいます。

しかし、挨拶に来る事で先祖達は「元気でやっているな」と分かると勝手に思っています。

お墓の掃除をする時はもっと時間がかかりますが、この時期は草むしりなどの作業がないので早く終わります。


ここで肝心な事は、多くの滞在時間ではなくお墓参りに行くという事です。

参るという言葉は、行くの謙譲語です。先祖に経緯をはらっているから参るなのです。
それだけ私達にとって大事な行為であります。


今の私がいるのは、先祖供養をしている仏さんすなわち先祖だった人がいるから存在している事を忘れてはなりません。

春と秋の彼岸、そしてお盆は出来る限り墓参りをして行きたいと思います。
それが日本人であり大和心だと思うからです。


神様も大事ですが、先祖の仏も大事です。
この両方を敬う事が出来るのが、日本人であり大和民族であると思っています。


100回忌の供養をしてもらう先祖はあまりいないと思いますが、私は、私の子孫にもこの尊い行為を教え伝えて行きたいと思っています。

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